「ちゃんとしたいのにできない」ママへ|SNSと現実のギャップに苦しむあなたに届けたい言葉

SNSで流れてくる、料理アカウントのキラキラ投稿。
手の込んだお弁当、彩り豊かな食卓、季節感まで完璧なおうちごはん。
「わあ、素敵…」
「私もこんなふうに作れたらいいのに」
そんな気持ちでついフォローしてストーリーを眺めるのが日課になってる。
保存もするけど、実際に作ったことなんて数えるほど。
むしろ、見るだけで終わることのほうが多い。
そのたびに、心のどこかで思っちゃうんだよね。
「なんで私は、できないんだろう」
「私だってちゃんとしたママになりたいのに」って。
理想と現実のギャップに苦しくなる夜。
「ちゃんとしたいのに、できない」──
そうやって自分を責めてしまう日がありませんか。

その苦しさ、本当はただ少し…
余裕がないだけなのかもしれません。
料理ができない自分を責めるママへ
「ちゃんとしたい」気持ちは間違ってない
SNSのキラキラ投稿、つい眺めちゃうのはなぜ?
SNSで流れてくる、料理アカの投稿。
彩りばっちりの食卓、手の込んだお弁当、季節を感じるおうちごはん…
「うわ〜すごい丁寧」「なんかキラキラしてるなあ」って思いながら、つい見ちゃうよね。
わかる〜。
フォローして、
気づけばストーリーを毎日眺めるのが習慣になってる。
保存もしてるけど、実際に作ったことなんて、数えるほどしかない。
というか、見るだけで終わることのほうが圧倒的に多い。
あるよね〜〜これ。めちゃくちゃ分かる。
でも、それって…
「ちゃんとしたい」って気持ちが、ちゃんと自分の中にある証拠なんだよ。
ああいうごはんが理想だなあって。
素敵なご飯が並んだら家族が喜んでくれるなあって思ってるんだよね。
そう思ってるからこそ、眺めちゃうんだよ。
「見るだけ」で落ち込む自分…それって悪いこと?
ストーリーを見るたび、保存フォルダが増えるたび、
ふと心の中で思っちゃうんだ。
「私はこんなにできてないなあ」
「私もちゃんとしたママになりたいのに」って。
……あるある。めちゃくちゃ思う。
気づいたら誰にも責められてないのに、自分が一番自分を責めてる。
朝は家族の支度にバタバタして、
日中は仕事で思考フル回転、
夕方はママモードに切り替えて、子どものお迎えと夕飯づくり。
気づけばもう、クタクタ。
なのに、自分の中の「理想の母親像」がジャッジしてくるんだよね。
ちゃんとごはん作ってる?
彩り足りなくない?
こんな簡単なメニューで大丈夫?
……いやいや、誰か止めて〜〜〜〜って思うよね。

でもね。
それって、あなたがダメだからじゃない。
ただただ、今の毎日に余白がなさすぎるだけ。
手が回らないのは、あなたのせいじゃなくて、やることが多すぎるからなんだよ。
「見るだけ」で落ち込んじゃうのは、
できない自分を嘆いてるんじゃなくて、
「本当はやりたいのに、時間も気力も足りない…」って思ってる証拠。
だから大丈夫!!
その気持ちって、ママとして、めちゃくちゃまっすぐで素敵だよ!!!
理想の母親を目指して疲れた…
苦しさの正体は?
「ちゃんとしなきゃ」の正体って?
忙しいママほど「ちゃんとしなきゃ」って、
頭の中にずーっとあるんだよね。
ごはん、掃除、子どものこと、仕事、保育園の準備、帰宅後の怒涛の流れ……
どれも中途半端にしたくない気持ちがある。
“母だから”ってだけで、完璧を求めちゃってる自分がいる。
完璧主義って自覚はないはずなんだけど。
ものすごく心当たりがある。なんでだろうね。
誰かに言われたわけでもないのに、ちゃんとやれてないと落ち着かない。
でも冷静に考えてみると──
これ全部、どこかで刷り込まれてきた理想のママ像じゃない?
たとえば、
- 食卓には3品以上並べるのが普通
- 怒らない、笑顔のママでいるべき
- 子どもの持ち物は当たり前に忘れない
- できれば添加物は避けて、手作りがよい
- 部屋は整っていて、家族みんな気持ちよく過ごせる空間に
……ねぇ、これをすべて働きながら?
私フルタイム勤務ですけどーーー!?!?!?
子ども2人抱えて? ワンオペで???
いや、それムリムリムリムリ!!!!笑

って声を、そろそろ堂々とあげていいと思う。
「ちゃんとしなきゃ」って、
本当は自分が勝手に決めた基準かもしれない。
誰も責めてないし、比べてない。
でも自分だけは、自分をめちゃくちゃ厳しく見てる。
その声があるからこそ、がんばれることもあるけど──
ずっとその声に追い立てられてたらしんどくなって当然だよね。
他人と比べるつもりはなくても比べちゃう理由
「比べたって意味ない」って、頭では分かってる。
SNSは映える瞬間の切り取りだってことも、ちゃんと知ってる。
それなのに、疲れてる夜とか、子どもがぐずってるタイミングとか、
一番自分に余裕がないときに限って、
きらっきらの料理や、穏やかに笑うママの姿が流れてきてさ…
「はあ…なんで私ってこうなんだろ」ってなっちゃう。

あるあるあるある!
もうね、比べるつもりがなくても、比べさせにきてるくらいの破壊力なんよ。笑
そして、比べるときって、
他人のハイライトと自分の生活のドロドロ部分を比べてるんだよね。
- SNS:盛りつけ完璧、お皿も映えまくり、笑顔の子ども
- 自分:洗い物すら億劫、買ってきたお惣菜すら食べ残される日
そりゃあ勝てるわけないじゃんって、今なら笑えるけど。
でもさ、、当事者モードのときは、それすら見えなくなる。
誰も悪くないのになぜか自分だけが理想に届かない人に思えちゃう。
でもね。
そんなふうに比べてしまうのって、
「自分だってああなりたい」っていう向上心があるからこそなんだよね。
本当は、自分なりのちゃんとを見つけたいだけなのに、
他人の「完成形」をゴールにしちゃってるから、苦しくなる。
だからまず、そこに気づいてあげよう。
「比べたくて比べてるんじゃなくて、理想があるから、無意識に見てるんだな」って。
がんばってるのに、理想に届かない気がする…
毎日がんばってる。
朝は子ども2人の身支度、自分の支度、保育園の準備にバタバタして、
日中は仕事モードでフル回転、
夕方にはまたママモードに切り替えて、お迎えして、夕飯づくり、寝かしつけ──
……え、1日で人間何役こなしてんの?
って、自分でも思うくらい。
それなのに、夜ふとスマホを見ながら思っちゃうんだよね。
「なんで私は、まだちゃんとしたママになれてないんだろう」って。

わかる。ほんとそれ。
がんばってるつもりじゃなくて、事実としてやってるのに、どこか満たされないよね。
でもね、思うの。
その「ちゃんとできてない気がする」って感覚って、
ゴールが定まってないままずーーーーーっと走らされてるからじゃない?
ママって、毎日どこかで
「もっとやれるでしょ?」「ちゃんとしなきゃ」って無言のプレッシャーに追い立てられてる。
- 子どもの食事、これで栄養足りてる?
- あの子のママは、もっと丁寧にやってるかも
- なんか私ばっかり手抜きしてる気がする…
違うのにね。
本当はちゃんとやってるのに!!!!
しかもそれ誰かに強制されたわけじゃなくて、
自分の中に住みついた理想の母親像がずっとプレッシャーかけてくるんだよ。
でもそろそろ、その理想像、
今の自分に合う形にアップデートしていいんじゃないかな?
だってもう、十分やってるもん。
理想に届かないんじゃなくて今のあなたに合ってないだけなんだと思う。
SNS映えの“キラキラして優しい母”より本当に大事なことって?
SNSに映る、いわゆる「キラキラして優しい母」って、
たいていナチュラル系の笑顔+彩りばっちりのごはん+整った部屋だったりする。
しかも無添加・手作り・季節の行事も丁寧にこなしてて…
「この人、24時間中30時間くらい使ってない?」って思っちゃうくらい、完璧な姿。
いや、素敵だし、憧れるのは自然なこと。
でも、あれってほんの一瞬。
たまたま「見せやすい場面」が多かっただけの切り取りなんだよね。
こっちはどう?
朝から子どもの機嫌と格闘して、仕事のスイッチ入れて、帰ってきたら洗濯と夕飯のタイムアタック。
子どもがごはん投げたって、もう驚かない。
映えどころか、命を守るだけで精一杯の日もある。
それでも──
子どもは、そんなママの顔を見て「ママ〜!だいしゅき〜」って笑ってくれる。泣

思うの。
大事なのってごはんの見た目や品数じゃない。
ママの余裕と家の中の空気感なんだよね。

ママが疲れた日に「今日はお惣菜にしちゃおっか!」って明るく言える空気。
それがあるだけで、家族みんながホッとする。
完璧な料理じゃなくていい。
あたたかい雰囲気のある食卓のほうが、ずーーーーーっとごちそうだよ。
がんばりすぎないための「ゆるめる工夫」

もうちょっとちゃんとやれたら…

本当は、もっと余裕のあるママになりたいのに…
──そんなふうに思ってるママほど、もう十分がんばってる。
だからこそ、ちょっとゆるめる工夫を持ってても、ぜんっぜんいいんです。
たとえば、
- ごはんは3品→1品+市販品に
- キッチン片づけ→翌朝でもOKに
- 週1だけ、夕飯はお惣菜や外食って決めちゃう
- 仕事から帰ったら、お風呂はパパ or シャワーだけにしちゃう
これって手抜きじゃなくて、
「自分を守るための仕組み」なんだよね。
だって、1日中ず〜っとフル回転してるママが、
毎晩ちゃんとごはん作って、片づけて、子どもと向き合って──なんて、
そりゃ頭がパンクしちゃうに決まってる。
「がんばらない日をつくる」って、
家庭を回すうえで、超重要な戦略なんだよね。

しかも不思議なことにちょっと余裕ができただけで、
子どもへのまなざしがやわらいだり、
夕飯中の会話が自然に生まれたりするんだよ。
これ体験済!
子どもが牛乳をこぼしても「ごほしちゃったか〜笑笑」って対応できたよね。

びっくりよ。
「全部自分でやらなきゃ」って思わなくて大丈夫。
やらないって選択肢を持つことが、実は家族のためにもなるんだよ。
「ちゃんとしたい」とのギャップ
その罪悪感は軽くなる
理想を持てるのは、家族を大切にしてる証拠

ちゃんとしなきゃ

もっとちゃんとできるはず

理想のママになりたいのに、できない…
そうやって自分を責めちゃう日、あるよね。
でもその“理想”って──
誰かに押しつけられたわけじゃなくて、家族のことを思って生まれたものなんだよ。
それって、すごく尊いことじゃない?
だって、理想を持つってことは、それだけ誰かを大切に思ってる証拠だから。
料理をがんばりたいのも、
部屋をきれいに保ちたいのも、
笑顔で子どもと向き合いたいのも、
「自分のことなんてどうでもいい」じゃなくて、
「家族をもっと気持ちよく過ごさせてあげたい」って気持ちの表れなんだよね。
それにさ、
“ちゃんとしたい”って思ってる時点で、もうちゃんとママやってるんだよ。
思い浮かべてみて。
理想のママを目指して、今までにいくつのことをやってきた?
何回、夕飯作るのしんどいけど踏ん張った?
何回、子どもの寝かしつけで眠くなりながら頑張った?
ね。思ってるより、ちゃんとやれてるんだよ。
だからまず、「私、けっこうやってるじゃん」って、ちょっとだけ誇ってみて。
そのちゃんとしたい気持ち、ちゃんとあなたを動かしてるから。

ゼロか100じゃなくていい。“半歩の理想”でも十分
理想のママ像ってどうしても「100点満点」の姿で思い描いちゃうんだよね。
手作りごはん、丁寧な暮らし、穏やかな声かけ、整った部屋…
「いつかそんなふうになれたら」って。
でも現実は、毎日がタイムアタック。
疲れてヘトヘト、子どももぐずってて、
ごはんを出すだけでいっぱいいっぱいになる日もある。
だからね、ゼロか100じゃなくていいんだよ。
たとえば、ごはんをいちから全部つくるのはしんどいなら
今日はミールキットに任せてもいい。
もしお皿に盛る余裕がない日は、お惣菜やお弁当をそのまま出したっていい。
それって手抜きじゃなくて、半歩だけ理想に近づいた日なんだよね。
そしてね、不思議なんだけど──
この「半歩の理想」を積み重ねていくと、
ある日ふっと、「私、意外とちゃんとやれてるかも」って思える瞬間がくるの。

完璧じゃなくていい。
理想は、少しずつ近づけたらそれでいい。
ちょっとだけ丁寧にできた日を、ちゃんと誇っていい。
その積み重ねが、あなたらしい“ちゃんと”作っていくから。
そんな「半歩の理想」を叶えてくれたのが、私にとってはミールキットでした。

とくに忙しい日でも“ちゃんと”が保てるようになったのは、このアイテムのおかげなんです。
ミールキットのメリットは?おすすめできる理由
私も前はキラキラSNSと比べちゃって悩んでたんです。
ママの理想像を求めて色んな工夫もしてきた。
でもある日、限界すぎて
「無理!!助けて!!!」って叫びそうな夜にたまたま偶然見かけたミールキットをポチッと押してみたの。
そしたら──
届いた食材はカット済みで、レシピも写真つきで分かりやすくて、段取りまで考えられてる。
何をどの順番でやればいいか、迷わず進められるし、
出来上がったごはんは「え、これほんとに自分で作ったの?」って思うくらいちゃんとしてた。
そのとき思ったんだよね。
これって手抜きじゃなくて、仕組みのチカラを借りた工夫だって。

だってミールキットって、
- 段取りまでセットで考えてくれて
- 味付けもプロ目線でバッチリ決まってて
- 食材のムダもほぼ出なくて
- 洗い物まで少なくなるように設計されてる
それってもはや、
「もう1人の自分」が横でサポートしてくれてる感覚。
私はサボってるんじゃなくて、
家庭をちゃんと回すための方法を持ってるママなんだって思えた。
だから言いたい。ミールキットを使うのは、
ちゃんとしたいママの“かしこい工夫”なんだ!!!って。
ちなみに、ミールキット以外にも「買い物」「献立」「調理」の負担を減らす方法はいろいろある。
私もこれまでにネットスーパーや宅食惣菜など、いろんな外注サービスを試してきたよ。
その中からホントに役立つサービスを厳選しました。(近日公開予定!!)
忙しいママにOisixが向いている理由とは?

全部は無理だけど、ちゃんとしたい

お惣菜で済ませた日は、なんかモヤモヤする…

家族には、“おいしい”って思ってほしい
──そんな私の気持ちに、そっと寄り添ってくれたのがOisixだった。
ミールキットはたくさん試してみたんだけどOisixが一番ちょうどよかったの。
Kit Oisixっていうミールキットは、ただ時短なだけじゃない。
レシピが写真つきでわかりやすくて、調理の順番まで考えられてる。
味つけもやさしくて、子どももちゃーーんと野菜を食べてくれるし、
「これ美味しいね。……って久々にゆっくり話せた気がするな。」って夫に言われたときはちょっと泣きそうになった。
食材も安心できるものが多くて、
冷蔵庫を開けるたび、「これで何とかなる」って思える。
“料理に対するプレッシャー”が、すこーし軽くなる感じ。
忙しい日常の中で、
「買い物」「献立」「調理」まで整えてくれる存在って、もう相棒でしょ。
Oisixがあるとキッチンに立っていても、どこか心に余裕がある。
その余裕があると、家族との会話にも笑顔が戻ってくるんだよね。
思うの。
Oisixって、
“ちゃんとしたいママ”が、自分を責めずにいられるように支えてくれる、やさしい存在なんだなって。

Oisixおためしセットで変わった私
“ちゃんとできた”を実感した日
最初はね、「おためしセット…?どんなんだかね〜」って感じだった。
気にはなるけど、なんかまだ本気で頼るほどじゃないような気がして。
なんか、まだいけるかなって思ってた。
でもある日、
仕事も育児も全部が一気に押し寄せて、気持ちのキャパが完全にパンク。
その日の私は、「料理とか無理!助けて!!」って心の中で叫びながら、Oisixをポチッとしてた。
数日後、届いた箱を開けた瞬間──
「…全部、準備されてる…」
って、それだけでホッとしたのを覚えてる。
献立を考えなくていい。
食材を切らなくていい。
段取りも悩まなくていい。
わたし以外の誰かが、私のために全部考えてくれてるって感覚。
それがもう、泣けるくらいありがたかった。
しかも、実際に作ってみたら…
- レシピ通りに進めるだけで失敗しない
- 味もちゃんとしてて、子どもがパクパク食べる
- 「これ、自分で作ったの?」って思うくらい、見た目もキレイ
あの日、久しぶりに
「あ、ちゃんとごはん作れた…」って心から思えた。
あれ以来「私ってダメかも」って思う回数が、すこしずつ減っていった。
自分に“できた日”をプレゼントするって、
こんなにも心が軽くなるんだって、Oisixが教えてくれたんだよね。

もし今、「なんでできないんだろう」って自分を責めてるなら──
一度、あの安心感を体験してみてほしい。
Oisixのおためしセットレビュー記事で詳しくまとめてるよ。
ちょっとでも気になったら、そっと覗いてみてね。
「ちゃんとしたい」気持ちは大事
理想のママを目指そう
「ちゃんとしたい」って思う気持ち。
それって、
自分や家族を大切にしたい、っていう愛情の証なんだよね。
だから、
“がんばる日”があってもいいし、
“今日はもうムリ〜”って休む日があっても、もちろんいい。
むしろ、両方があるからこそ、
ママとしてのバランスがとれていくんだと思う。
今は、「がんばらずに家庭を回す力」が大事な時代。
仕組みに頼ること、外注すること、手を抜くこと。
それはズルでも甘えでもない。
“理想の自分でい続けるための、かしこい選択肢”なんだ。
大丈夫。
今日ちょっとだけサボったって、ママ失格じゃない。
コンビニごはんの日があっても、
「もう笑うしかない〜」って投げ出した日があっても、
それでもあなたは、ちゃんと“愛されてるお母さん”。
がんばる私も、休む私も、
どっちもちゃんと好きでいられるように。
頼ってもいい。
工夫してもいい。
それが、私たちの時代の「しっかりしたママ」なんだ。
「私もそんな“ちゃんと”を持ちたい」って思ったら、
まずは自分をちょっとだけラクにしてくれる選択肢をお試ししてみるのもありかも。
気になる人は、私のレビュー記事をそっと置いておくね。
